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大阪高等裁判所 昭和38年(ラ)30号 決定 1963年4月09日

抗告人 安部初枝

被抗告人 毛呂平蔵

主文

本件抗告はこれを棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙の通りである。

抗告理由一乃至四までは之を要するに、被抗告人前主松野良男は安部良広に対し債権を有し、同人が本件自動車を抗告人に譲渡したのは右債権者たる被抗告人前主に対し詐害行為となるものであるとして、詐害行為取消の本訴を提起するとともに布施簡易裁判所昭和三七年(ト)第四号自動車仮処分申請をなし、その旨の決定をえた。被抗告人は松野の承継人として民事訴訟法第七五〇条第四項に基き、仮処分執行の目的物たる本件自動車の競売と売得金の供託を求めたところ、原審はこれを容れ換価命令がなされたのであるが、被抗告人が前主松野良男より譲受けた被保全債権額は僅か三四万八五〇〇円であるのに債務者良広に対し数多くの執行手続をなしており、債務者以外にも本件の外石田平市郎、高橋耕一等に対し詐害行為として仮差押仮処分命令を申請し決定を受けておる。然るに昭和三七年四月二〇日安部良広が被抗告人前主松野に対し債務金の受領を求めたが受領を拒否されて、同月二四日大阪法務局金第二、四四八号で金四三万円を弁済供託することにより本件仮処分の被保全権利たる詐害行為取消権の基本たる債権は消滅したのみならず、被抗告人(又はその前主)は前記の通り多くの執行手続をしており本件の如き右自動車を仮処分し、且つこれを換価しておかねば被保全債権の満足が不能または著しく困難になるというような虞れは全くなく、かかる法的手段をとることは権利の乱用であるというに帰する。

よつて按ずるに、記録中の債権譲渡証書、通知書(五丁六丁)大阪法務局事務官佐藤節夫の証明書(六八丁六九丁)によれば本件仮処分の被保全債権は、当庁昭和三三年(ネ)第四七一号和解調書に基く元利合計四一万八二〇〇円の債権者松野義男の債務者安部良広に対する債権を、昭和三七年四月一二日被抗告人において譲受けたものなるところ、同年四月三〇日右債権譲渡通知がなされる前なる同月二四日債務者良広は、右債権額に競売費用をも加えて、抗告人主張の四三万円を弁済供託した事実が認められるから、若し右供託が適法なものであるならば、本件換価命令は民事訴訟法第五五〇条第四号との関係から許すべきものでないことになる筋合であるけれども、債務者が供託前弁済の提供をした事実を認めるに足る証拠がない(前記法務事務官に対する証明申請書中にある(7) 供託原因たる事実として昭和三七年四月二〇日現実に提供したが拒まれた旨の記載(六九丁)は後出の証拠に照らし信用し難い。)。のみならず記録中の乙第一、第五号証によれば、前記抗告人のなした弁済供託は、債権者松野良男の住所の記載が正確でなくて、供託通知をなしえないものであり、債権者においても供託を受諾しまたはその還付を求めようのないもので、現に供託後久しくそのまま供託中となつている事実が認められ、従つて右供託は到底適法なものと認め難いから、これにより前記被保全権利の基本債権が消滅したものとするをえない。その余の点はすべて仮処分の必要性の有無についての主張であつて、このようなことは本来仮処分異議訴訟によりその必要性を争い、仮処分の取消を求め執行を解放すべく、仮処分執行中の過程においてなされる換価命令に対する抗告理由としては採用することのできないものである。次に抗告理由五については、記録中の陳述書(二四丁)通告(二五丁)証明書(二六丁)被抗告人審尋調書の記載(四〇丁四一丁)を綜合すれば、抗告人は本件自動車を乱暴に乗廻しており、保管方法も十分でなく本件自動車の価格が急激に下落する虞れのある事実を認めることができ、本件では仮処分債権者が詐害行為取消による原状回復即ち自動車の引渡請求を固執する趣旨でなく、むしろそれに代る損害賠償請求権の行使をする方が利益であると認められ、このような場合には請求権保全の方法として民事訴訟法第七五〇条第四項により換価命令を求めることをうるものと解すべく、前認定の如き事情の下においては同条同項の要件は充足せられているものとすべきであるから、この申立を容れた原決定は相当で本件抗告は理由がない。

よつて民事訴訟法第四一四条第三八四条第九五条第八九条を適用し主文の通り決定した。

(裁判官 宅間達彦 加藤孝之 井上三郎)

別紙 抗告の理由

一、本件申請人(相手方)毛呂平蔵が松野義男から債権の譲渡を受けたと称しその承継人として本件申請を為し来たつたものである。

二、右毛呂が譲渡を受けたと称する松野義男の債権は安部良広に対する

(イ) 大阪地方裁判所昭和三二年(ネ)四八八一号手形金請求事件の仮執行宣言の判決

(ロ) 右控訴事件の大阪高等裁判所昭和三三年(ワ)第四七一号手形金請求控訴事件の和解調書

に基く金参拾四万八千五百円が基本債権である。

安部良広が此の債務の支払を遅延していたが昭和三七年四月二四日大阪法務局昭和三七年度金第二、四四八号によつて金四拾参万円を弁済供託をした。

右弁済供託する迄に安部良広は直接、間接をとはず松野義男に債務金の受領方を求めたるも之を拒み申請人毛呂は松野義男名義で

(1)  前記(イ)を責務名義として

(一) 昭和三三年六月三日付奈良地方裁判所昭和三三年(ヌ)第二四号不動産強制競売申立事件(建物)

(二) 昭和三三年六月五日附奈良地方裁判所昭和三三年(オ)三〇一号債権差押及取立命令事件

(2)  前記(ロ)を債務名義として

(一) 昭和三六年一一月二二日附大阪地方裁判所昭和三六年(ヌ)第二二六号不動産強制競売申立事件(土地)

(二) 昭和三六年一一月一八日附同昭和三六年(ル)第二〇〇八号(ヲ)第二一四二号債権差押及取立命令事件

(三) 昭和三七年二月二一日附奈良地方裁判所昭和三七年(ル)第一一号(ヲ)第一五号債権差押及取立命令事件

(四) 昭和三六年一二月四日附大阪地方裁判所昭和三六年(ル)第一九三八号有体動産引渡請求権差押命令事件(有価証券(株券))

(五) 昭和三七年三月二三日附大阪地方裁判所昭和三七年(ル)第一二二五号(ヲ)第三五〇号債権差押及取立命令事件

(六) 昭和三六年一二月二八日附同昭和三六年(ヌ)第一一六号不動産強制競売申立事件(土地)

(七) 昭和三七年一月一八日附同昭和三七年(ル)第五九号(ヲ)第六一号債権差押及取立命令事件

(八) 昭和三三年六月九日附大阪地方裁判所昭和三三年(ル)第三四一号(ヲ)第三二六号債権差押及取立命令事件

(九) 昭和三七年一月一八日附大阪地方裁判所昭和三七年(ヌ)第一〇号自動車強制競売申立事件

(一〇) 昭和三七年二月六日附布施簡易裁判所昭和三七年(ト)第四号仮処分申請事件(本件自動車)

(一一) 昭和三七年四月一一日附布施簡易裁判所昭和三七年(ト)第二六号仮処分申請事件

の各執行をなして来たのであるいずれも弁済供託したことによつてそれぞれの執行の停止を受けると共に異議の申立をなしているものである。

しかしながら申請人毛呂が右弁済供託前に松野から債権の譲渡を受けたと称し申請人名義で

(一) 昭和三七年一一月二一日附大阪地方裁判所昭和三七年(ル)第一、六〇五号電話加入権差押命令事件

(二) 昭和三八年一月八日附奈良地方裁判所昭和三七年(ル)第五八号債権差押命令申請事件

(三) 昭和三八年一月一一日附大阪地方裁判所昭和三七年(ヲ)第一、七三三号電話加入権競売換価命令申請事件(昭和三八年二月四日附停止された)

の執行をなしているものである。

三 他方申請人毛呂は安部良広に対するのみならず同人から本件自動車を譲受けた抗告人安部初枝に前記債権の詐害行為として本訴を提起するとともに本件布施簡易裁判所昭和三七年(ト)第四号自動車仮処分申請をなし同年二月六日その旨の決定を得たものである。

これが本件仮処分である。

尚右安部良広より土地、建物を買受けた(安部良広が代表取締役である会社の所有物件も含む)石田平市郎並に高橋耕一他八名

に対し右同様詐害行為として仮差押及仮処分命令を申請してそれぞれの決定を受け目下本訴繋続中である。

四 右の様な次第で僅か参拾四万八千五百円の債権で安部良広所有(会社も含む)の約五千万円相当に及ぶ土地、建物、有価証券、債権なぞに強制執行をなしているもので本件の如き古い自動車を売却してその売得金を保管しおかねば債権の実行が不能とか債権者に損害を与へるとかの虞れなぞ全然ない。然るに安部以外の第三者にまで詐害行為なぞと称して法的手続を取る必要もないのに拘らずこの様な手段に出る申請人の意図が何辺にあるかうたがはしい。

むしろこれは権利の濫用であるとさへ考へられるものである。

五 斯の如き事情の基になされたる本件換価命令に対し昭和三七年一〇月五日申請通りの換価命令が出されたのである。

その理由の要旨は本件自動車の価格が将来に向つて急激に下落する虞れがある。これが特別事情に該当すると認定しその根拠は

(一) 本件自動車を安部初枝が毎日五〇キロメートル位乗廻し又他人に貸与することもあつて相当乱暴に乗つていること。

(二) 又被申請人は車庫を有せず空地や路傍に放置し保管方法が充分でないこと。

(三) いずれこの自動車は他人に取られるので「エンジン」をかけたまゝ川へ飛び込まして取る人を驚かしてやるとか盗まれた方が良いとか放言したことなぞお認定したことによるものである。

右の認定は申請人毛呂の疎明資料のみを軽々に採用した誤りであり事実に反するものである。

抗告人安部初枝は安部良広の一人娘であり「フアツシヨンモデル」を職業とし本件自動車を昭和三六年七月末頃父良広から買つて貰つて自己使用して今日に至つたものである。年若き女性でありしかも職業柄乱暴な動作をする環境に決してあるものではない。女性として普通に自動車を使用して居り車庫こそ持つていないが何時も「モータープール」に預け、たへず古い自動車であるが故に行きとどいた手入れや掃除をなし尊重に扱つて居るものであるのでこれが特別事情に当らないことが明らかである。

本件自動車の換価命令が出された後申請人毛呂が大阪地方裁判所に対し電話加入権の換価命令申請をなしたがこれに対し大阪地方裁判所第十四民事部裁判官大下倉保四朗判事は右執行に対し停止の決定をなされて居り決定正本は昭和三八年二月七日送達を受けこれを受領して居るものである。

以上の次第であつて本件自動車を換価しなければ債権の実行を得られないと云ふことは毛頭考へられない従つてしかも特別に価格が下落すると云ふことはないのである。

本件に対し換価を許容したのは失当である。

茲に本抗告に及ぶ次第である。

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